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お友達にとっても助けられました

4人家族の我が家に、女は私だけです。予期せぬ入院だったので、何の準備も出来ぬまま、捕らわれの身になってしまったのです。お風呂から出た後だったのでパジャマは着ていました。

その上にジャンパーを羽織って、お財布とメガネだけ持ち、納得のゆかぬまま救急車に乗りました。すぐ、帰るつもりがそのまま入院したわけです。

自分では、電話を掛けに行くことも、買い物に行くことも何も出来ないのです。 

お友達はまさに、痒いところに手が届くという具合に、いろいろと面倒を見て下さいました。 

快適な入院生活を送ることが出来たのは、お友達の協力があったからなのです。

困ったことの一つに、洗濯 があります。日赤では病院のねまきを借りていました。次の病院では,洗濯屋さんに頼むことにしたんですが、すべてに名前を付けなくてはいけません。

私は、字も書けないし、針も持てない。そんな時、助け舟はお友達です。

中学からの親友、悦ちゃんが、ひどい暑さの日、駅からの長い道を歩いて、名前を付けに、来てくれました。沢山の衣類に縫い付けてもらい、大助かりしました。

勿体無くて、いとおしくて、今もそのまま使っています。

食べる事の大好きな寛子さんは、食事制限があるけど、おやつの大好きな私のために、いろいろと調べたり工夫したりして、コッソリ届けて下さったことも、有り難い思い出です。

そして、海外旅行のお土産よ、と折り畳みの杖を持ってきて下さいました。

この杖を頼りに、毎日、七沢を歩き廻ったのです。

私のお友達で一番若いちか子さんは、X病院で私がパニック状態になった時、すごい機動力でいろいろ調べ上げて、私を安心させて下さいました。

新聞や本も届けてくれたり、送ってくれたりもして下さいました。

とても、安定した精神状態で居られたのは、ちか子さんのおかげなのです。

そして、七沢では、外泊訓練に、2回も付き添って下さいました。これは、なかなか簡単に出来ることではないのです。遠い所から来て、遠い私の家に送り届けてくれるのです。

途中、私が転んだら、どうしよう。という心配もあったと思います。駅の混雑など、ぶつかって倒れないか、自分でも心配でした。

必要な物を揃えてくれることは勿論、精神的にもずっと支えてくれて、どれだけ励まされたかわかりません。

山を歩くお友達も、折に触れ、ずっと励まし続けて下さいました。

また、みんなと一緒に歩きたい。いつも、いつも そう思っていました。

入院中毎日、あんなに歩けたのは、その思いが有ったからだと思います。

そして今、軽いハイキングなら、どうにか歩けるようになり、時々一緒に楽しませて頂いています。

この喜びは、想像以上のものです。

言葉では言い表せない感謝と喜びなのです。

病気になって入院したら、とても孤独です。 自分だけ、〈置いてきぼり〉になったみたいです。

こうして,その頃のコトを書いていても、思い出して涙があふれてきます。

今までのように、みんなと又、楽しいおつきあいが出来るのかしら、長く入院していたら、忘れられてしまうかもしれない、それも仕方のないことだわ。そう思ったこともあります。

でも又、いつものようにお友達と楽しい時間を過ごしたい、ずーっとそう思っていました。

そして今、お友達とは、前よりもっと絆が強くなったように思います。

ありがとうございました。皆様のお陰で快適な入院生活をおくることが出来ました。

確かな友情に、これから、シッカリ生きていこうと言う力を感じます。

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